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1 本稿のねらい

 令和4年12月に『生徒指導提要』が改訂され,以下の内容が示されました(文部科学省,2023)。

 「学校においては,道徳科や学級・ホームルーム活動などの時間に,実際の事例や動画などを教材に児童生徒同士で検討したり,いじめ場面のロールプレイを行ったりするなど,体験的な学びの機会を用意することが求められます」

 これを受けて本学会では,学校で児童生徒を対象として,いじめの場面を取り上げて劇を行うことの是非を論じる必要があるのではないか,という意見が出されました。また,この点について常任理事会で論じられた結果,『生徒指導提要(令和4年12月)』と関連づけて,ロール・プレイングの方法や在り方について慎重に検討するための,ワーキングチームが結成されました。
 なお,同書では「ロールプレイ」という呼称が活用されていますが,本学会では一般的に「ロール・プレイング」という用語が使用されているため,ここでは後者を用いることとします(本稿第3節参照)。

 さて,わが国の学校教育への劇の導入の歴史は古く,昭和33 年の学習指導要の改訂を契機に,「劇」「劇化」などの表現が出現しています(文部省,1958a;文部省,1958b)。言い換えると,学校においても,劇,劇化,およびロール・プレイングの経験に基づく知見がたくさん蓄積されているものと考えられます。
 ワーキングチームでは,そのことを十分に理解・尊重しつつも,心理劇を専門とする者の立場から,学校におけるロール・プレイングのよりよい活用の在り方を支援するために,教職員をはじめとする学校関係者の皆さま(以下,教職員の皆さまと略記します)に向けて,どのような知識や技術を提供すればよいのかについて論じました。そして,以下の3通りの内容が重要であることをお伝えしたい,という結論に達しました。


1)ロール・プレイングが適切に活用されるならば,児童生徒が心を癒やしたり,新しい気づきを得たり,よりよい関係を築いたりすることを支えるものの,不適切に活用されると,かえって心の傷つきを与える危険もあること。

2)ロール・プレイングは,いじめの場面に限定して用いられるものではなく,様々な目的をもって用いることが可能であること。

3)ロール・プレイングを活用する場合には,安全・安心に十分に配慮することが大切であること。

 さらに補足すると,『生徒指導提要(令和4年12月)』では,生徒指導は「児童生徒が,社会の中で自分らしく生きることができる存在へと,自発的・主体的に成長や発達する過程を支える教育活動のことである」と定義され,以下の4通りに大別されています。                                     

1)発達支持的生徒指導:すべての児童生徒の発達を支える。
2)課題予防的生徒指導:未然防止教育 すべての児童生徒を対象とした課題の未然防止教育を行う。
3)課題予防的生徒指導:課題早期発見対応 課題の前兆行動が見られる一部の児童生徒を対象とした課題の早期発見と対応を行う。
4)困難課題対応的生徒指導:深刻な課題を抱えている特定の児童生徒への指導・援助を行う。

 ロール・プレイングに参加すると,一人ひとりが思考・感情・行動の三水準で物事を捉えながら,他者や集団との関わり方を工夫してゆくため,役割や関係についての様々な気づきが得られます。つまり,ロール・プレイングは,上述の生徒指導のすべての領域で活用できるのです。

 以上を受けて,ワーキングチームでは,教職員の皆さまに向けて,「理論編」と「実践編」に分けて情報を発信することにしました。「理論編」では,教職員の皆さまにご理解・ご活用頂きたい知識・情報について整理して記すことにしました。参考にしていただけると有難く存じます。「実践編」では,児童生徒の関係形成やいじめ予防をねらいとしたロール・プレイングの方法についてご紹介する予定です。なお,本稿の第2節以降のタイトルを以下の通りです。

第2節 いじめの定義について
第3節 教育関係の中でのロール・プレイングの取り扱い(発信の状況)
第4節 ロール・プレイングの定義について
第5節 ロール・プレイングの安全・安心について
第6節 ロール・プレイングの実施手順
第7節 ロール・プレイングを含む心理劇の五大要素

(安藤嘉奈子)

引用文献
文部科学省 (2023). 生徒指導提要 (令和4年12月)  東洋館出版社
文部省 (1958a). 小学校学習指導要領(昭和 33 年度改訂版) 帝国地方行政学会
文部省 (1958b). 中学校学習指導要領(昭和 33 年度改訂版) 明治図書出版

目次≪>第2節 いじめの定義について