7 ロール・プレイングを含む心理劇の五大要素
心理劇は次の5つの要素【監督・演者・補助自我・観客・舞台】から成り立っています。日本心理劇学会監修の『心理劇入門』を参照しながら基礎知識を説明します。
(1)監督
監督は,集団の責任者であり,ロール・プレイングの場面設定と技法による展開を行う人です。プロデューサー(演出家),セラピスト,分析家,そして集団のリーダーの役割を担います。参加者が安心して積極的に参加できる雰囲気をつくり上げ,ロール・プレイングのテーマに応じて余白のある場面設定・役割設定を行います。さらに,参加者の自発的な動きや集団の人間関係の動きをとらえながら,より専門的な心理劇の技法である「ロール・リバーサル(役割交換)」や「エンプティ・チェア(空き椅子)」等を用いて,今,ここでのロール・プレイング体験が深まったり,多様な体験がなされたりするよう展開していきます。
学校教育場面では,担任教諭やスクールカウンセラー等がチームで監督役割を担うことが考えられます。ロール・プレイングを行うねらいを明確にした上で,児童・生徒集団の関係性をとらえながら,個人が傷つくことなく,安全に,必要な場面を構成し,ロール・プレイングによる体験が役立つよう十分に配慮していくことが求められます。シェアリングでの一人一人の感想を受けとめ,位置づけていくことも重要な役割であり,教育活動としてのねらいや方向性が反映されると言えます。
(2)主役・演者
舞台で演ずる人を演者と呼び,その中の主演者を主役と呼びます。主役中心の心理劇では,主役は「自分の主題を心理劇集団の前に開示し,ドラマの中心となります。(中略)日常の現実から自由な役を演じることによって,自己の内面にある感情や葛藤を表出してカタルシスを得たり,自己や他者への気づき,自他関係への気づきなどの洞察を得ます。さらに観客に共感と洞察をもたらします」(島谷,2020)。一方,ロール・プレイングは集団中心に進められることが多く,主題に応じて複数の人または全員が演者となることもあります。演劇とは異なり,演技の上手下手は問いません。演者は言葉だけのやりとりではなく,アクションや役割を演じるという行為化を通して,感じながら,考えながら,ふるまいながら,今ここでの生の相互作用を体験していきます。監督の状況演出に添いつつ,演者の自発性,創造性,想像力が尊重され,学校教育場面では特に行為の良い悪いで評価されることのないよう留意することが重要です。またシェアリングでは,それぞれの立場からの感想が多様な感じ方・見方の一つとして尊重され,相互にテーマについての洞察を深めていくこととなります。
(3)補助自我
補助自我は,「演者の内的世界の明確化とその表出を助けることで演者を補助すると同時に,監督の意図を汲み取り監督を補助する役割も担う」人です(島谷,2020)。心理劇では,主役の相手役などの人物や動植物,特定の気持ちといった抽象的なものなど必要とされる役割を演じ,主役の内的・対人的な世界を描き出していきます。補助自我は「そばにいて邪魔にならないようにいて活動が促進されるような役割をとる」(松村,1979)と表現されるように,演者の内面に心を寄せ,演者自身が自分の感情や葛藤について気づいたり,それを表出したり,他者から見た自分を意識したり,人との新しいかかわりを模索したりすることを促進します。より専門的な心理劇の補助自我技法としては,「ダブル(二重自我法)」や「ミラー(鏡映法)」等の技法があります。
学校教育場面では,教員やスクールカウンセラーがチームを組んで役割を担い,活動の目的やテーマに応じて演者を支え,導くよう補助自我としてふるまうことが安全と思われます。さらに児童・生徒の中から,テーマや演者を肯定的に理解して補助自我的にふるまえる者を登場させることも可能と考えられます。また,一つの役割や立場を複数の児童・生徒で演ずることで,感じ方や気づきの幅が広がる可能性があります。
(4)観客
観客は,「劇を見ながらさまざまな反応を示し,演者に影響を与えます。逆に観客は自ら演じなくても,演者に同一化して共感し自らの問題と照らし合わせて洞察を得るなど,劇を見ながら演者とともに劇を体験します」(島谷,2020)。見ていて感じたことや考えたことはシェアリングで共有することができます。ある役割に感情移入して思ったこと,自分だったらと考えたこと,自分の体験が重なって感じられたこと,未来の可能性などを出し合うことで,お互いのロール・プレイング体験を深め合います。また,観客が関心をもって温かなまなざしで見ていることで,演者は安心して表現することができ,劇の行演が意味をなすため,ともにロール・プレイング場面を支える重要な存在です。観客が場面の展開で演者となることもあります。
学校教育場面では,観客のまなざしに注意を払い演者と観客が一体となってロール・プレイング体験が展開するよう配慮し,参加者がなるべく観客役割も演者役割も体験できるように構成することが望ましいと考えます。
(5)舞台
舞台は,「何を表現してもよい安全で守られた自由な空間です。集団全体が舞台を安全で自由な場につくっていきます。舞台上では非現実性・架空性を活用して,現実生活では不可能な役割や状況においても現実の束縛から自由になり演じることができます。過去にも未来にも,どんな場所にも,どんな役にも,ときには人間以外の動植物や人工物や自然のモノにもなれます。劇の中で失敗してもすぐに劇の中でやり直すこともできます」(島谷,2020)。参加者が自発性や創造性を発揮して,ロール・プレイングのテーマを探求していく場が舞台です。
学校教育場面では,机を隅に寄せて椅子を円形に並べた教室や多目的教室の開けた空間が舞台となるでしょう。通常の授業の場との違いを生み出すために,いつもと少し違う非日常性をもたせることが役立ちます。空間だけでなく,ロール・プレイングの時間をどこに設けるか,時間の見通しやロール・プレイングのルール,ロール・プレイングの目的を明確に提示するなど,児童・生徒が理解しやすい枠組みの配慮や工夫が重要です。ロール・プレイング終了時には,舞台を降りる(移動する)ことや楽しい儀式的なふるまい等で演じた役割を降りること(役割解除)によって日常に戻ります。
(岩城衆子)
引用文献
島谷まき子(2020). 構成要素 日本心理劇学会(監修)心理劇入門(pp. 82-84) 慶應義塾大学出版会
松村康平(1979). 関係学の基本的構想-研究法としての心理劇- 関係学協会 かかわり, No.2