5 ロール・プレイングの安全・安心について
ロール・プレイングでいじめの場面を扱うためには,学級・クラスルームにおいて,以下の要件が整っていることが欠かせないと考えられます。
1)集団内に極端な不和や対立がないこと。
2)集団内の地位の固定化がないこと。
3)情緒的なバランスが著しく欠けている児童生徒や,孤立している児童生徒がいないこと。
4)現実にいじめの問題が報告されていないこと。
さらに,このような要件が整っていたとしても,教職員が,通常よりも一層慎重に児童生徒の心の動きを読み取り,劇を通してわだかまりが生じないように,配慮する必要があります。言い換えると,安全と安心をセットにして重視しつつ,劇を行うことが望ましいといえます。
即興劇の場における安全を確保することとは,参加者の許容できない状況(例:暴言・無視・差別に代表される人権の侵害,生命・身体にかかわる危険,器物の破損,など)が起こらないように,劇の実施者が気を配ることと考えられます(安藤,2024)。
即興劇の場において,参加者の安心を確保することとは,参加者が,自分にとって心地よい距離感を保ちながら,他の参加者と,またグループ活動と関われるように,劇の実施者が,参加者とつながったり,参加者同士をつなげたりして,受容的で楽しい雰囲気づくりを心がけることです(安藤,2024)。
劇の実施者の役割を果たす教職員の皆さまにとって大切なことは,いじめの場面の劇を行うことを絶対視せずに,いじめを予防する観点から,様々なねらいをもった劇を学校生活の中に導入することであると考えられます。モレノの創始したロール・プレイング(本稿第1節参照)には,安全・安心を確保しながら劇を行うための工夫として,ロール・プレイングの実施手順や,心理劇の五大要素が定められています(本稿第6節・第7節参照)。また,日本心理劇学会(監修)の『心理劇入門』にも,即興劇の場の安全・安心に関連して参考になる内容がたくさん示されていますので,参考にして頂きたいと存じます。
さらに補足すると,以下の目的をもって繰り返し劇を行うことは,クラスづくりやいじめの予防のために意義深いと考えられます。
1)学級・クラスルームの人間関係を形成し発展させる:児童生徒が人と関わる楽しさを味わう。
2)自己や他者への気づきを深める:自己や他者への関心や理解を深める。
3)新しい役割や関係を試す:自分の今現在の役割や関係の在り方を振り返り,今までとは異なる関わり方を試す。
4)共感性を養う:相互に分かち合える関係の在り方を体感する。
5)ソーシャル・スキルや社会性を養う:人付き合いのコツを身につけ,人間関係について学ぶ。
(安藤嘉奈子)
引用文献
安藤嘉奈子(2024). 教育相談の展望とロール・プレイングの体系 福村出版
日本心理劇学会 (監修) 土屋明美・茨木博子・吉川晴美 (編集) (2020). 教育・福祉の現場における心理劇 慶應義塾大学出版会