4 ロール・プレイングの定義について
心理学領域における世界最大の学術職能団体であるアメリカ心理学会が編集した『心理学大事典』(VandenBos〔ed.〕,2007 繁桝・四本監訳 ,2013)にあたると,“role-playing research”, すなわちロール・プレイング研究とは,「参加者にある役割を担うふりをしたり,まるでその役割が実際のものであるかのように行動させる方法を使う研究」であるとされ,ロール・プレイングと呼ばれる方法は,広い領域,対象に用いられ定着していることが伺えます。
ロール・プレイングは,ある人の役割行動とそれにともなう行動と意識の変化に着目し,あるできことやテーマのある役割を演じる,ロールプレイすることを介して,その人やその集団のありようをあきらかにしたり,その人やその集団のメンバーのこころの安定や人格的な成長発達を促すスキルやテクニックの一群のアイデアとして,もともとは,ヤコブ・レヴィ・モレノにより創始された心理劇の中で開発され,広められてきたものであります(Corsini,1966 金子監訳,2004)。
モレノは,オーストリアで,医学や哲学を学び,個人の問題や社会問題にふれ,筋書きのない即興劇場の有効性を試行し有効性を確かめ,渡米して心理劇として世に広めた人であります。
精神分析学を創始したジークムント・フロイトが,人間理解のためのメタ心理学として,無意識の働きという原動力があると唱えたのに対して,モレノは,世界を理解し,動かしているのは人間そのものであり,人間同士,もしくは,人間と環境において,瞬時にその人ならではの役割が生まれるのは,人間がもってうまれた自発性によると考えました(外林,1954a,1954b)。
自発性は,新たな状況への自然で,迅速に自分の内から生まれる行動であり,新しい場面において十分適切に対応する能力,あるいは,今まで通りのありふれた場面に対しても新しくかつ適切な方法で対処する創造的な能力です。
モレノは,時間の哲学者アンリ・ベルグソンや対話の哲学者マルチン・ブーバーの考えからも影響を受け,心理劇やロール・プレイングの劇中の「今ここ」で,自ら自分の真実の姿に「出会い」,思い込みを捨て,自らの役割を増やしたり,役割システムを整えて,創造性を発揮してより良く生きられるようになれることを大事に対人援助をおこないました(Duric,Veljkovi,& Miomir,2006 山田訳,2006)。
わが国においてモレノの心理劇を最初に紹介した外林大作によると,モレノのロール・プレイングは,ロール・テイキングと対比され,「プレイングが自発的行為であるのに対して,テイキングは伝統的な行動様式をそのまま受けつぎ習得することを意味し, 比較すれば,創造性を持たない場合のことをさす」と説明しています(外林,1971)。
『心理学大事典』をみると,確かに,“play”,すなわち遊び(プレイング)は,モレノが子どもの集団遊びを大事に観察し心理劇を創る上での参考にしていた通り,遊びには「個人や集団が楽しむこと以上の即時的目的はない」とみなされますが,「諸々の研究が,遊びは食べることや寝ることと同じくらい本質的であり」,人格や社会の「発達に必要な貢献をして」おり,ロール・プレイングにおいても,大事に取り入れられ,扱われなければならい要素と考えられております。
(高橋秀和)
引用文献
Corsini, R. J.(1966). Roleplaying in psychotherapy: A manual . Chicago: Adline.( コルシニ,R. J. 金子 賢(監訳) 船田英世・猿山浩(訳)(2004).心理療法にいかすロールプレイングマニュアル 金子書房 )
Duric, Z., Veljkovi ,J., & Miomir, T. (2006). Psychodrama: A Beginner’s Guide.London: Jessica Kingsley. (ドゥリック, Z., ベリコビッチ, J., ミオミラー, T. 山田麻有美(訳))(2006).サイコドラマ りん書房)
外林大作 (1950). 性格の診断―プロジェクティブ・メソッド 教育科学新書
外林大作(1954a). 心理劇 光風出版
外林大作 (1954b). ソシオメトリー 早瀬利雄/馬場明男(共編). 現代アメリカ社会
外林大作 (1971). ロール・プレイング 外林大作・辻正三・島津一夫・能見義博(編) 心理学辞典 誠信書房 (pp.213 – 214)
VandenBos, G. R. (ed.) (2007). APA Dictionary of Psychology. American Psychological Association.(ファンデンボス,G. R. 繁桝算男・四本裕子(監訳) (2013). アメリカ心理学会心理学大事典 培風館)
目次≪|第3節 教育関係の中でのロール・プレイングの取り扱い(発信の状況)<|>第5節 ロール・プレイングの安全・安心について